今週のお題「感動するほどおいしかったもの」
前と今の職場の隙間がちょこっとだけあいた三月下旬。
へとへとだった心と体がようやく安堵でゆるんだ私は、ずっと思っていた。
「なにはなくとも海が見たい。」
いくつかあった候補地のなかから選んだのは淡路島。
前々からずっと行きたくてたまらなかった、比較的近くの海。
観光らしい観光はしなくてもいい。
とにかく海を眺めながらゆっくりするための旅に出た。
旅のはじまりは出遅れから。
大阪駅に着いたらホームがごったがえしていた。事故が起きて朝からかなり遅延していたらしい。すでに復旧しつつあったのは幸いだった。
並びはじめて半刻も経たないうちに来た便に乗った。
須磨あたりから海が見えはじめる。
きらきらしてて、なんだか無性に泣きそうになってきた。まだ早いよ。
まずは明石まで。
明石まで来たら、食べるものはもう決まっている。
「きむらや」で腹ごしらえ。
まだ平日のお昼なのに店内はほぼ満員だった。


赤い板に乗ってやってきたシンプルな玉子焼きは、塩かお出汁で食べるタイプ。
ふわふわのあつあつ。何もつけなくてもおいしい。おなかがあったまるとホッとしてやる気が出てくる。
お店を出て、港まで歩く。
淡路ジェノバラインで岩屋まで渡る。短い船旅だ。

須磨の時よりもぐっと近づいたみなもが、船の窓越しにきらきらしていた。海はいい。


岩屋の港からバンバンバスで北上する。
観光乗合バスはどこまで乗っても100円。こういうのがあると足がなくても旅行しやすくていい。
道の駅あわじまで運んでもらう。

天気は快晴。
橋の色と海の色がリンクしている。
青とも水色ともグリーンともつかない、やさしい春の海の色をしていた。
「明石ブルーだな」と思った。
今いるのは淡路島なんだけど、明石海峡大橋を見あげているから、明石ブルーでいい気がした。
そういう万年筆インクの色がありそうだな、とも思った。あるのかもしれないし、ないのかもしれない。
おやつにチーズソフトクリームを食べた。濃厚なのにさっぱり。

駅で夜食べるお弁当を調達するつもりだったものの、テイクアウトできるのはちょっとしたおやつや軽食しかなかった。これは計算外だった。
道の駅の売店および飲食店は早くに閉まるし、周りにもそれっぽい場所はなさそうだったから、その辺をふらふら散策しつつ最寄りのコンビニで適当に買って投宿することにする。
たしかカップラーメンと巻き寿司とお菓子を買ったと記憶している。
私は旅先での食事にあんまり頓着しない。何か一食くらい地元のB級グルメっぽいものが食べられたら満足する。こういう時はひとりって身軽で自由だからいい。
しかも今回の旅は、お土産に新玉ねぎを買って帰っておいしく料理できさえすればよかった。
さすがに味気ないなと思いなおして、風呂あがりに飲む地ビールを買い物カゴに入れた。



宿はいつものように素泊まりでとった。
橋のたもとの、年季の入った温泉旅館だった。



部屋も露天風呂もブリッジビュー。布団で寝っ転がっていても海が見える。最高だった。
本館の向かいの別館で、ひっそりと古びた施設なのがなおよかった。
へんに緊張したり気兼ねしなくていい。
よその家に空き部屋を借りに来てる、くらいの距離感がちょうどよかった。

お風呂はお昼、晩、朝の三回だけ入った。
潮風を感じながら、時間ごとに変わる海の表情をずっと眺めていられた。
心と体に心地のいい水が沁み渡っていく。
洗われる。入れ替わる。生き返る。草が水を得てふたたび身を起こすのとおなじ。
私の人生には時々、海が必要だ。

翌朝は道の駅からスタート。

公園のベンチでパンとコーヒーをおなかに入れたら出発。
昨日のつづきの今日も快晴。海を見る日はこれくらい思いっきり晴れていてほしい。
新玉ねぎと玉ねぎポン酢とたこめしの素、たこの明太漬けを買って帰路に着く。
淡路島、やっぱり好きだったな。また来よう。
ロードバイク借りて走ってみるのもいいな。弟に教えてもらおう。
明石に帰ってきた。
「いづも」でお昼にする。*1


こっちの明石焼きは生地に出汁の風味がしっかり効いてるタイプ。さらに好みの味だった。
どうやら私はたこ焼きよりも明石焼き・玉子焼きのほうが好きみたい。僅差で。
明石、また来よう。旅じゃなくっても「気軽にお昼食べに」くらいのノリで。
帰阪、そして帰宅。
あっという間に旅は終わった。
だけどまちがいなく今の私に必要な時間と経験だった。

その日の晩ごはんはたこめしを炊き、玉ねぎステーキを作った。
バター醤油で蒸し焼きにした淡路島の新玉ねぎは信じられないくらいに甘くてみずみずしく、あっという間に家族みんなで平らげた。たこめしも絶品だった。
自分のための旅も好きだけど、お土産を選ぶ、持ち帰ったあとの時間も幸せだ。
少しだけ家族と離れてひとりになるために家を出たのに、気がつけば喜んでくれるであろう人の顔を思い浮かべている。
ひとりだけど、ひとりじゃない。そう思えるから幸せなのかもしれない。
行ってよかったなあと心から思う。
そして気持ちを新たにするのだ。
「明日からまたぼちぼち暮らしていこう。そしてまたどこかの海へ行こう」って。
*1:港に近い有名店「ふなまち」は二時間待ちくらいの列になっていた。平日を狙いたい。